「気まぐれ金玉」

 

  髪を乾かさないで寝てしまうと、朝起きた時とてつもなく頑固な寝グセが出来上がってしまっているのと同じように、朝起きたら、金玉が見たこともない形状になってしまっていた。
  目を覚ましいつもどおりトイレに行って驚いた。いつもは太ももをブラブラと擦る金玉の様子がおかしいのだ。
 確かに昨日の夜は金玉をちゃんと乾かさずに寝た。
 俺はいつも面倒なので風呂には入らず、洗面台で「人体でも結構早めの段階で臭くなるであろう」金玉周辺だけを洗う。昨日も、バシャバシャと金玉周辺を水洗いし、軽く2、3度左右に振っただけで、もぎたてのプラムの様に雫を垂らした金玉をそのまんま放置し「アド街ック天国」を見ていた。武蔵小山にあるという高田延彦が経営する道場を紹介していたところまでは覚えているのだが、その後の記憶がまったくない。どうやらそこで眠ってしまったようだ。
 

 おそらくその時の体勢が悪かったのだろう。ちょうど押し花と同じシステムで濡れた金玉に俺の全体重がかかり、変な形になったまま長時間圧力をかけられたため、フォルムが変形してしまったのだ。今、俺の金玉は「手裏剣にしたらよく飛びそうな形」になっている。「工夫したふきだし」と言っても良いかもしれない。試しに金玉に「何!?金玉が変形しだと!?」とマジックで書いて見ると、とてもびっくりした時のセリフのように見えた。金玉であると同時にふきだしとしての機能も兼ね備えているのである。

 そしてなにより、薄い。 とても薄い。26年間下半身の番長として存在を主張し続けてきた金玉にしては情けなすぎる厚みである。
 金「玉」だと言っているのに、「玉」ではない。ほぼ「板」である。金の延べ板である。世が江戸ならば、2、3年遊んで暮らせそうである。
 また、いびつに薄く広がった金玉はズボンとの相性がとてつもなく悪い。どうしても通常ではありえないレベルのもっこりになり、CD-Rをズボンに隠して万引きする人にそっくりになってしまう。金玉も窮屈そうである。なるべくなら金玉には苦労をさせたくない。ゆったりぬくぬくと二世タレントみたいな暮らしをしてもらいたい。
 
 
 バイトに出かける時間はもう10分を切っている。あいにく俺は、ズボンを一着しか持っていない。このズボンと、薄型金玉の相性はすこぶる悪い。どうしよう。このままでは、CD-Rをズボンに入れて万引きしてる人そっくりなまま、CD-Rを売らなくてはいけない。よりにもよって俺は、最近CD-R売り場の担当に任命されたのだ。どうしてこのタイミングで・・・。ああ、こんなことなら、金玉の形が変わった時のために、宮川大輔とかがよく履いてる股上の異様に浅いオシャレズボンを買っておくんだった・・・。
 途方にくれた俺は、試しに金玉の一端を折り曲げてみた。するとどうだろう、金玉は折れ曲がったまま元に戻らないのである! 触った感じも人体というよりかはプラスチックに近い。普通の金玉は、折り曲げても元に戻る。しかし、圧縮されて固くなった金玉は折り曲げても元に戻らないのである。やった!金玉を何度か折り曲げると、王冠と同じ形になった。なんだか気分がいい。
 もしかすると神様は俺が「金玉の王」であると教えてくれているのか・・・?

 金玉の王と化した俺は意気揚々とズボンを手にした。しかし、ここで問題が発生した。王冠状になった金玉は立体的になった分、より一層ズボンが履きづらいのである。ズボンは履きたい。でも、せっかく手にした王冠を失うのは惜しい。妥協案として、俺は折り曲げた部分の金玉の角度を急にすることによって、収納しやすいタイプの王冠状の金玉を作ることにした。親指と人差し指で、折り曲げた部分をそっと内側に倒す。三個目を倒そうとしたときである。部屋中に鈍い音が響いた。

 
 ぺキッ!!
 
 指には、先端の尖ったほぼ二等辺三角形の「元」金玉の一パーツだけが握られていた。金玉から血が出ることはなく、金属疲労を起こした時のように、ただ無機質に白くなっているだけだった。
 ちぎれてしまった!金玉がちぎれてしまった!
 俺は泣いていた。思いっきり泣いていた。金玉がちぎれた時、どう対処すればいいのかわからなかったから。そして、金玉の王の座を失ってしまったから・・・。
 病院に行こう!
 パニックになった俺は、何を思ったかズボンを履いてしまった。無理矢理ズボンを履いたせいで、折り曲げた他の部分の金玉も折れた音がする。ズボンの裾から金玉のパーツがすべり落ちる。
  折り曲げた部分はすべて折れてしまっていて、俺の金玉は一回り小さい円盤状になっていた。大きさの変化で言うとちょうど16cmCDから8cmCDほどの変化である。CDの変化と逆の変化をした俺の金玉は、がんばればズボンに収まるくらいの大きさになっていた。金玉の修復をあきらめた俺は、急いでズボンを履き、泣きながらバイトへ向かう。
 
5分遅刻。遅刻したことを特に責めるでもなく、チーフが本日の周知を始めた。
その周知で、俺の担当フロアがCD-R売り場からヘッドフォン売り場へ変更になったことを知った・・・。
 
今日は金玉をちゃんと乾かしてから寝よう。
 
そっと金玉を見ると、金玉はなんだか少し、微笑んでいるように見えた。

<終>